【梅原トレーナーのからだづくり哲学】育成の議論は本当に前向きなのか(上)

スキルアップ 梅原 淳 育成法

最近、コーチングや育成について語る人が増えた。SNSやメディアのネット記事においても、教育や子育て、社員育成をはじめとした「育て方」「伸ばし方」という発信が目立つ。

不肖私の専門とするスポーツとくにジュニア期の指導法というものも、関係者の間では熱い議論の対象となっている。

そこでは大概「褒めて伸ばす」や「やる気を引き出す」であったり、「子供の心に寄り添って」などといった指導する側の在り方というものが大きなテーマとなっている。

指導者の立場としてコーチングや育成を考えることは有意義であるし、さらにより良いものに発展するよう変えていこうとする努力がいつだって必要だ

ただ一点だけ、留意したいことがある。

これらのテーマで語られていることは、ことごとく指導者側の価値観であるということだ。

導くとか育てるというものは、すべてコーチ目線のことである。相手側を考慮しない一方通行の思考で、子どもが自らどう成長していくかの視点ではない。

本当は、コーチが子どもを仕立て上げることに奔走するのではなく、子どもが自分で階段を登ることこそが大事だ。子どもの成長や将来について、すべてを大人の力で作ろうとしなくても良いのではないだろうか。

私は大人の「してあげている」をやめるべきだと、あえて警鐘を鳴らしたい。

私たちは導くでもなく成長させるでもなく、ただ一緒になって汗をかけばそれでいい。本当はそれで充分だ。教育やスポーツ指導は、そのくらいの腹づもりでいれば決して難しくないと考える。

▽褒めるから良いのではない

褒めるも叱るも、賞も罰も、どちらが良いというような話はこれらの本質にはない。

真に見るべき本質は、どちらも「コーチが伸ばす・引き上げる」という立場であることだ。叱っても褒めても、罰を与えても褒美を与えても、それはコーチ側の話であり「自分が選手をどう作り上げるか」という発想に変わりはない。

教える立場にある私たちがここから脱しない限り、どんなことを考えてみたところで物事は進まないだろう。肝心なことが違っているのだから。

これは子育て、教育など、似たような事柄のすべてにおいて同じ事が言える。子どもを大人の創作品として捉えること、この世の流れは大人が支配しているという思い違いを正すことがもっとも重要なファクターだと考える。

▽発想を思いきって逆さまにしてみる

ではどうすれば良いのか。

教育を捨てろなどとは、もちろん言っていない。教育は人の生きる要である。スポーツにおいても、コーチが導いてはいけないと申し上げているのでは断じてない。

ただひとつだけ、大人が手を尽くしてあげて子どもの成績や意欲を伸ばすという他力を、ぐるっと真逆へ反転させてみないか。

子ども(選手)に自由な領域をもっと与えてやってほしい。自分で考える自分で決める自分で答えを出す自分で結果を引き受ける。本人のことは本人に任せてあげるのだ。

それをいまは大人が手に握っているので、思いきってドン!と子ども本人へ返してしまおう。

これは優しく聞こえるが、じつはもっとも手厳しい態度である。ある意味では、どう育つかは子ども本人に一切が託されるということだからだ。

しかしそうしなければ、一方通行による大人の独りよがりは解消されない。

つまりどちらを取っても、困難が伴う選択となる。自由を与えたから簡単に良い結果になるなどと、私は断じて言わない。ここは大いなる決断をする必要がある。

▽ボールを投げるのは選手、受けるのがコーチ

この私の提案は、教えない、育てないということを意味しない。もしコーチ自身の経験から、「物事はどう考えていくと良いか」の信ずるところがあるのなら、積極的に伝えてみるべきだ。

教える立場として、その情熱を全力で注いであげるべきである。ただその中に、子ども自身が自分で育っていくことを主体に置いて、あくまでコーチはその支えとして傍らに寄り添う存在になる、ということだ。

いまはその情熱がちょっとズレて、議論の主旨が子供のストーリーではなく大人のストーリーで進んでしまっている。

ある意味では頑張りすぎで、ある意味では欲張りで、キャッチする器がなくて投げるボールばかりをたくさん持っているように感じる。

本当は選手(子ども)から投げられるボールを受けるのが、私たちの役割ではないだろうか。それが反対になり、コーチ(大人)からボンボン投げてしまうので、それを受けるのが選手の役割になっていて、当然その返投などは来ない。

オレの投げたボールを返してこい、というのがまさにいまのコーチングの根本的なミスであることを、私たち大人が気づかないといけない。そんな勝手をしている私たちが何を議論したところで、良いものは生まれない。

私はこちらから剛速球を投げるのではなく、選手が剛速球を投げることを訓練していくことに、指導者として力を注ぐことが望ましいのだろうと考えている。

少々長くなってしまったので、続きを次号に譲りたい。

この記事を書いた人:梅原淳梅原 淳
運動技能を向上させる専門家として、またバスケットボールでのファンダメンタル・スキルを教えるコーチとして全国各地に出向いています。またその活動から得た日々の思考や発見を、YouTubeなどSNSを活用して情報配信しています。このコーナーで扱う内容は、それらSNSでは記さない一歩踏み込んだ情報として、トレーニング実践レポートをはじめ自分の育て方、大人の再教育、子育て、健康づくり、みなぎる食事など、あらゆるジャンルをテーマにお届けします。

(了)