【梅原トレーナーのからだづくり哲学】トレーニングレポート No.34

オフェンス スキルアップ チーム作り ディフェンス トレーニング メンタル(心) 指導法 梅原 淳 練習法 育成法

人というものは周囲に馴染む生き物です。学校全体でスポーツに力を入れているところは、どの部も互いに刺激し合って自然と盛り上がっていきます。勉強でもそうですね。その反対の落ち込みもまた同様にして、全体へと広がっていきます。

環境によってやる気になったり萎んだり、同じ事なのに簡単にできたり上手くいかなかったりと、不思議ですがそういう現象が実際に起きるのです。

前回のトレーニング・レポート33号で、初めてのバーベル・トレーニングに挑む女子高生たちに触れました。彼女たちの環境もまた、部活動や体力トレーニングを積極的・意欲的に行うことには向かないかもしれません。

意志が弱いと言えばそうですが、周りのせいにするなと言うのもごもっともな意見ですが、現実として私たちの関わる環境において多くの人は全体の雰囲気に少なからず影響されて生活しています。

▼チームの腰が据わるまで数年掛かる

女子校という特異な環境、校則や礼節に寛容、勉強も中の上、周りの部活動もさほど精力的に活動しているわけでもなく、バスケットボール部だけが孤軍奮闘といった様子です。

彼女たちのいる場所には、刺激し合い変化を起こすものがあまり見当たらないと言えます。

そのような中で長い時間を掛けて少しずつチームを育てていき、ようやく安定して頑張れそうな腰の据わったチームに今なってきました。もちろんまた萎んでしまう可能性もあります。確実とは言い切れません。

それでもどこかで一歩前へ出なくてはいけません。監督の判断として、今がアクセルを踏むタイミングだと考えたのだと思います。この選手たちなら大丈夫だろうと。

学校にはバーベルでの筋力トレーニングを本格的に取り組んでいる運動部はいません。周囲の友達は誰もそんな事はしていないという状況下において、自分たちだけがそれをすることへの拒否反応は極々当たり前のことではないでしょうか。

そこに選手と監督と私で挑みました。悲観や憂いなど微塵もありません。

▼落ち着くのに1時間

さて前号では、数年前に一度トライしたときの嫌な風と同じものをまた感じたと書きました。そこで怯まず諦めず、前へ進むしかないと決めて嫌な風を吹き飛ばして取り組んでその結果、選手たちはどうなったか。

まず2年生の行動が遅いので私に注意されます。やりたくない感情がわかりやすく出ていて、お互いに人の後ろへ立とうとします。消極的で誰もバーベルを持とうとしません。私に一喝されます。

2年生の様子を見て、当然1年生もそれに倣います。何人かは顔が引き攣っています。準備が遅く、片付けも遅く、順番の交代も遅すぎます。何かに縛られているのでしょうか・・・、あきらかに心が落ち着いていません。

はじめの1時間はグズグズと全体的に鈍い動きが続きました。

しかしどれだけ空気が重くても、耐えて忍んで進めていくしかありません。いつものトレーニングの雰囲気とはまったく違いましたが、仕方ないと諦めて見守ることにしました。

選手たちは実技をしているとき、常にちょっと遊び半分でざわざわと話をしながらやっています。これは不安を紛らわすための行動なので、気持ちはわかります。一度注意は促しましたが、それ以上に咎めはしませんでした。

時間をあげて自分たちで少しずつ慣れてくれるのを待ち、一つめの種目を代わる代わる延々と反復しました。余計な雑念を取り払って目の前の課題に集中するためには、同じ行動の繰り返しが大原則です。

そうしておそらく1時間を過ぎたくらいから、トレーニング・ルーム内の雰囲気が良くなり始めたと思います。

▼意外と力がある

開始早々に数年前と同じ風が吹いたときには、何度か(数ヶ月は)繰り返さないとダメかなと思いましたが、監督が作ってきたチームはしっかり成長していました。

イヤイヤの反応をしていたのはこの1時間程度で、徐々にトレーニング自体に気を向けるようになっていきます。足の幅はこれ、姿勢はこう、意識する動きはここなどと、本来の課題に目を向けられるようになれば物事は一気に走り出します。

彼女たちは普段、本当はバーベル・トレーニングと同じくらい負荷のあるトレーニングをおこなっています。自重ですが私の考えたオリジナルな手法により充分に筋肉や関節は刺激され、大きな負荷にも慣れているはずです。

初めてのウエイト・トレーニングをおこなった実際の出来具合はどうだったか。驚くことに予想していたよりも重いバーベルを、ほとんどの選手が平然と持ち上げてしまいました。

私が小さく見積もったことも多少はあるでしょう。しかしデタラメに設定しているはずもなく、これまで20年にわたり全国の高校を日々回ってきて、基本的なスタートラインというものは見えています。

その上で重量を決め、また選手の出来具合を見て増やすとか減らすことをしていきます。

彼女たちの場合は予想を上回る筋力を持っていました。精神的に前向きになっていないだけであり、取り組んでいるその表情からはバーベルが重くてきつい辛いという様子はほとんど覗えませんでした。

つまり実際のパフォーマンス・レベルにおいては、まったく心配することがなかったのです。

やっぱり食わず嫌いを克服して良かった。

▼2週間後に一段階上げる

あえて聞きませんでしたが、選手たち自身も「特別なものではない」「問題なくやれる」と、時間が進むにつれて印象が変化したのではないでしょうか。

この5日後に再訪問したときには、もう何食わぬ顔でスクワットやベンチ・プレスをおこなっていました。1回目よりもさらに平然とバーベルを担いでいましたので、次回は早くも重量アップとなりそうです。

私は「2週間後は重さを増やすぞ」とここは宣言しました。

もし彼女たちの毛嫌いがまだ残っているようなら逆効果になりますが、たぶん大丈夫という直感があったのでわざと先に言って決め事にしてしまい、その間の2週間を頑張るよう方向を付けようと思ったのです。

さあ、今までしてこなかった肉体づくりがいよいよ始まりました。時間的な限度、設備の限度、体力的な限度など決して高くない上限は多々ありますが、でき得る中で最良の取り組みをしたいと思います。わずか数ヶ月でもきっと競技力が向上するはずです。

苦手意識を克服した彼女たちそれから長く見守ってきた監督に心から敬意を表し、私もまた力を尽くしていきたいと思います。

(了)

 

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