【梅原トレーナーのからだづくり哲学】そんなマネージャーなら要らない(中)

スキルアップ チーム作り 指導法 指導者 梅原淳 育成法

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部活動のマネージャーは優秀です。なんでもしてくれます。

でも自分の事は自分でする選手たちなら、マネージャーの手伝いは必要ありません。そして本来なら、身の回りは当然自分で管理・整頓するのが筋です。

ではマネージャーは一体なんのために必要なのでしょうか?

それを問い掛けた出来事をご紹介しています。それでは前回の続きからいきましょう。

▼一緒に練習しよう

僕は2年生の主任マネージャーと1年生マネージャーに、お願いしたことを行動に起こしてほしいと再度頼みました。

体育館の真ん中で懸命に走っている選手の様子をよく観察して、必要なら声を掛けて休ませる行動を取るためには、コートの中にいる必要があります。外にいては何もできません。

さらに、マネージャーは実技こそしませんが練習という活動には必要な存在として参加していて、選手とコーチとマネージャーと、そこにいるみんながチームづくりをしているのです。

選手だけが汗を掻くことがチームづくりではありません。だったら選手だけいればよろしい。

マネージャーも主体者としてものづくりに加わっているのですから、チームが良くなるためにできることがあればどんどん動くことが当然ではないでしょうか。

チームとして、選手もマネージャーも支えの一人、みんな一緒です。

▼練習は私たちの範囲ではないという感覚

日本的なマネージャーの仕事がそうなっていないため、いや本当はちゃんと育てれば敏腕マネージャーになるのですが、そうしないでいる場合がほとんどなので、つまらなさそうに、暇そうに、生気の抜けたうつろな顔で、Tシャツの袖を伸ばして手を隠し、髪の毛をずっと触り続け、ときには選手に平然と無駄話を持ちかける、そんな光景をたくさん見ます。

もう一度、ここはオブラートに包まず、事実を言います。

それをものすごくたくさん見ます。

今回紹介しているチームのマネージャーがそうだとは言っていません。どちらかと言えば、しっかり仕事をする子らです。1年生マネージャーなんて、肌身離さずノートとペンをぎゅっと握りしめているのですから。大変な勉強家です。

ただ日本の当たり前が、彼女たちの主体性を消してしまっています。主体性の話は何度も本レポートで書いていて、さらにはブログやSNSでもお話ししています。

前回申し上げたように、日本の部活動的マネージャー像は、身の回りを世話してくれる「お手伝いさん」です。だから練習には参加しません。

実技をしないという事ではなく、「そこは私たちに関係のない領域」という感覚でいます。練習は選手の場所であると。

たとえ人手が足りていなくて、自分が入ってあげたら埋まるのに、目の前に起きている事に対して何も手を貸そうとしません。

この日、バーベルを担いでスクワットをしたのですが、体育館でトレーニングしているので両脇にサポートが必要でした。最初と最後にバーベルを持ってあげるためです。

人数が足らず、片方に人がいない状況が目の前にあるのに、それを見ていてマネージャーは行こうとしません。

どうしてか。自分の関わるところじゃないと、はじめから決めているからです。

決めているのか、決まっていると思っているのか。どちらだと考えますか?

僕は日本的なマネージャーの在り方そのものの問題だと考えています。マネージャーとはそういうものだと信じているので、ハナから考えることもしません。

だから誰かが意図的にえぐって掘り起こして、問題提起しなくてはいけないんです。

▼トレーニングのアドバイスをしてほしい

一人の1年生マネージャーには、
「ノートはまずいらないから、積極的に練習に参加して、実技はしなくても選手と一緒にトレーニングについてあれこれ言ったりおこなったりしてほしい」
という旨を伝えました。

バーベルを持ち上げてやったり、その準備と片付けをしたりすることは、選手かマネージャーかに限定はありません。一つの練習をしている部員なのですから、選手らとなにも変わらず同じように行動すれば良いのです。

さらに、トレーニングの方法にしても、説明と違っているところがあれば教えてあげたって良いのです。マネージャーがそれを言って、なにを悪いことがありますか?

姿勢が崩れているよとか、脚の開きが説明と違うよなど、僕のレッスンを一緒になって聴いていれば、実技中に選手へ伝えてあげられるはずです

重いバーベルを担いで必死になっている選手は、気がそこまで回らないものです。間違った方法で練習してしまうなんてよくありがちなことなのですから、マネージャーの活躍する出番ではないでしょうか。

それこそがチームづくりに寄与する行動です。

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