【梅原トレーナーのからだづくり哲学】子供の遊び場《公園》を皆で考えよう(上)

スキルアップ 梅原 淳

※この記事は、新型コロナウイルスが感染拡大する前に執筆した記事です。

今回は「公園」について、ちょっとあなたと考えてみたい。

あなたの住居の周辺には公園があるだろうか。その公園は今、どうなっているだろう。

公園は主に、地域住民のために作られた余暇を楽しむ場だ。作られた経緯や目的は個々にあると思うが、私がいま話そうとしているのは、子供をはじめ近所の住民たちが各々に遊びまた寛ぐための、ごく一般的な住宅地の中にある中小規模の公園についてである。

あなたの近所の公園を思い出してもらいたい。多くの場合、ブランコがあり砂場があり、中央には土で固められた広めのスペースが取られ、その脇に腰掛ける長いベンチが置かれている。

小さい公園でもこの程度の設備があり、もう少し大きい公園になると滑り台、鉄棒、ジャングルジムなどがあったりする。芝生と土のグラウンドが隣同士になっているところもある。

これがいま、人が寄りつかなくなり荒れ果てているというニュースを見た。もちろん一部の例に過ぎないが、少なくとも今の日本には、昔のように子どもが外で走り回ったりボールを蹴ったりして遊ぶことを歓迎しない風潮があり、子育て世代は肩身の狭い思いをしている。

▽子どもの声がうるさい

近所に公園をつくるとか保育園や幼稚園をつくるといった計画が持ち上がると、近隣住民の反対にあって潰されるなどということが、度々ニュースになる。主に「うるさくされるのが嫌だ」と言う理由だ。

私の居住地域にまつわる話で、高齢者が幼稚園などに「子供の声がうるさいから静かにしろ」とクレームを言いに来るというのを聞いた。

憶測だが、近隣住民の多くがストレスを感じているのではなく、ある一部、いや本当はただお一人お二人の個人的な感情と都合なのだと思う。

しかしそういうごくわずかな意見に全体を合わせようとするのが、たった今の私たちの日本である。

▽子どもの自由とリスク

子供が悪いわけではない。外で遊んで元気に声を出して走り回ることが、まさか悪い行為のはずがない。

公園であろうと家の前であろうと、たとえば刃物や火気を扱うときには厳重に注意を払う必要があるし、場所や年齢によっては禁止ということもある。

遊んでいたボールが飛んでいって、家の窓を割ったり庭の盆栽を壊したりすれば、当然謝罪と弁償が必要だ。

社会の決め事であって、子どもに限らず大人も同様なのであり、それと「公園で遊ぶことが悪い」はまったく繋がらない。

子どもは、いや公園では─社会の秩序を保ちながら─自由に遊んで良い。大いに走り回り遊んで楽しむところである。

▽特定の世代を責める雰囲気

とは言え、私は高齢者を非難しているのではない。お年寄りが悪いわけでも、断じてない。

前出のクレームの話などは、あくまでもその個人の感性による行為であって、若者も高齢者も一切区別はない。

私が行く公園には孫を連れて遊びに来るおじいちゃんがいるし、芝生にシートを広げて楽しそうにご飯を食べている親子3世代の家族もいる。

隣家のおばあちゃんなどは信じられないくらいにお元気で、孫の男の子を自転車の後ろに乗せて畑の中を遠くまで漕いでいく。

間違いなく多くのお年寄りは子どもが大好きだ。お年寄りだけでなく、私たち人間はみんな子どもが好きである。少なくとも嫌いなはずがない、なぜなら自分にとっての若かりし頃なのだから。

公園でボールが使えなくなり、近所から声を出すなと苦情を言われ、遊具の使用を禁止され、空き地も少なくなっていき、私有地の看板が立てられ囲いをされた。

外の遊び場にまつわる様々なことが折り重なるようにして、今の状況を作り上げていったと言えるのではないだろうか。

▽公園は地域コミュニティを投影している

子どもも高齢者も親も、誰かが一方的に悪いのではなくワガママをしているのでもない。誰が足を引っ張っているのでもないのに、私たちは自分たちの生活を自分たちで苦しくしている。

理解と責任とちょっとの支え合いがあれば、町内の住民皆にとって住みやすい環境をつくっていくことは可能だ。小さくとも愛着のある地元とか町内という意識、それが薄くなっている地域では公園も荒廃してしまうのかもしれない。

地域やコミュニティという意識が無くなれば、自分だけの空間をつくろうとしてそれを公にも広げて幅を利かせようとする。それは個人的な都合なのだが、自分が嫌だから周囲もそれをするな、という論調がなぜか通ってしまう。

それが為に、現代はなんでも「禁止」になってしまった。

自分は迷惑を被っている、被害を受けている、相手が悪いことをしているという前提をつくるのは、声を上げやすいし受け入れてもらえやすいからだ。自分の言っていることが、社会的な正解・正当という格好をつくることができる。

こういったことになるのは都心部とも限らないし、古くからある下町でも起こりうる。反対に新興住宅地や田舎だからこそ、そういう問題が出る可能性もある。今や日本全体で考えるべきテーマだと思う。

さて前置きが長くなってしまったが、この話をどうぞ我が事として考えてもらいたい。その上で現実的にどうしていくべきか、どんなことができるか、次号より話を進めていこうと思う。

(了)

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