あなたも隠れ勝利至上主義!?【梅原トレーナーのからだづくり哲学】

スキルアップ 指導法 梅原 淳

私たちは勝利至上主義を嫌うもしくは社会において断罪しておいて、じつは多くの人がそうかもしれない。

あなたは負け戦に挑む決意があるか。負けると分かっているとハナから頑張らない、あきらめる、もしそうならそれは紛れもなく勝利至上主義だ。

30点差を25点差にする努力をムダなあがきと笑うか、それを綺麗事とけなすか。いや反対に、成長をそこに見つけるか。

私の経験をひとつ話したい。ある高校チームで県大会の決勝まで勝ち上がれたことがあった。それは一度だけではなく、その年はすべての大会において準優勝(県大会)を飾った。

普段は県のベスト8もしくはその下あたりだったから、はっきり申し上げて快挙だ。でもそれを「たまたま」にはしたくない、すべきではない。これはチャンスなのだ。

たった一年間だけでも、その経験は翌年以降へ活かすことができる。次のステージへの足掛かりとなる。その代だけ良い選手がいた、などという言い訳で済ませてはいけない。

そもそも、さほどの実力者たちでも無かったから、本当に頑張って力を養ってきたのだと、身内だからではなくて客観的に正しくそう評価できる。

だから尚更、チャンスだった。

あまりその気がない

私は監督に「あと2回チャンスがありますから、目標を10点差ずつくらいで、なんとか縮めていく方法を考えましょう」と、体力トレーニングの担当としてすべき仕事を伝えていた。

そうしてこの年の最後まで力を尽くし、監督にも選手にも「できれば次の大会で20点以内にすれば、それ以降において少し勝機が見えます」「勝つことよりもまず、着実に前回より点差を縮めた、という伸びが必要です」と訴えていった。

しかしチームにはあまり響かず、とくに監督には魅力がなかったのか、どう言葉を掛けてもあまり反応がない。

選手にとっては在学中だけのことだが、監督(教諭)は先もずっとチームを率いるので「未来へのチャンスのためにこの代で足場を固めましょう」とも言ったが、それでも表情はまるで薄かった。

最終的に同じ相手と合計3回の対戦があり、もちろん決勝戦であり、すべて30点以上の大差で負けた(少し記憶が薄くなっています)。

あなたも勝利至上主義

これをもしあなたならどう受け止めるかを、少し考えてもらいたい。

たとえば40点差が35点差でも、35点差が30点差でも、30点差が25点差でも、そこには魅力を感じないだろうか。

たしかに負けは負けだ、同じような点差と言えばそのとおり、いずれも完敗に違いない。

だから縮める努力は意義を持たない?

それならばやはり勝利至上主義だ。

勝てなければ、勝てそうじゃなければ、やる気が湧かないのだから。

それをなぜか社会の悪者にして、さも「自分は違う」「亡者ではない」とするのが日本スポーツにおける誤った勝利至上主義への反感である。

誰の中にも存在するもの

私は個人的に、勝つことに躍起になるのをまるで悪いとは思わない。上手くなりたいし、良い結果を出したいし、WINNERになりたいし、喉から手が出るほどそれを望んでいる。

だから同じく勝負事の好きな人を、なんら嫌うものでもない。

ただド真ん中から勝負したいので、手練手管は好まず自分にできる限りの努力で掴むことが鉄則だと思っている。

頑張って猛特訓して、見違えるほど上達していく選手たちを見て、本心から「スゴいなぁ」といつも感心している。

だから勝ち負けと自己成長は常にセットである。

ふたつは共に存在して、しかも肩を組んで同じ方向を向いて歩いている。どちらが欠けることも望まない。ましてどちらも持たないことなど、考えられない。

目標があり、それを果たすために尽くすのであって、やはりどこまでもより良い成績を望んでいくのだ。

反対に結果論で、勝てたから急にやる気が出る人こそ、否定されるべき勝利至上主義と言える。

良い人材がたまたま集まったときにだけ勝ちを欲する人もまた、同じ。

さらに、ある程度のラインで満足してしまってそれ以上は望まない人も、近いものがある。

だから誰の中にも「勝利至上主義」はあると考えておいた方がいい。それを受け入れておくと、謙虚になれる。

あなたならどう考える

勝利至上主義を極度に敵視する人は、ご自身の生き方にそこまで自信がおありなのだろうか。

何事も成長を望み、限界と思っても決して諦めず、そこそこで満足して終わらない熱いスピリッツをお持ちなのだろうか。

そんなに生き様のできた人間など、滅多にいるものではない。人は皆、物事が叶いそうだからやる気も出るし、少なからず自分の都合で物を考え行動するし、意見だってコロコロと変わるものだ。

現金なのが人間であるのだから、それを認めた上で勝利至上主義についても考えていく必要がある。

私はこれと「育成」を同軸に置いて対立させる構造が根本的な間違いだと考えているし、誰でもシンプルに理解しているはずのことを複雑にしている原因だとも考える。

勝利至上主義と言葉で言えばたやすい。なにか悪そうな印象も簡単に与えられる。でもその理解は、一般社会に誤って浸透していることは現実だ。

そこを深く捉えることができるとするなら、議論は良いものを生むに違いない。

最後にもう一度、お尋ねします。

勝利至上主義をどう考えますか?

(了)

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この記事を書いた人梅原淳梅原 淳
運動技能を向上させる専門家として、またバスケットボールでのファンダメンタル・スキルを教えるコーチとして全国各地に出向いています。またその活動から得た日々の思考や発見を、YouTubeなどSNSを活用して情報配信しています。このコーナーで扱う内容は、それらSNSでは記さない一歩踏み込んだ情報として、トレーニング実践レポートをはじめ自分の育て方、大人の再教育、子育て、健康づくり、みなぎる食事など、あらゆるジャンルをテーマにお届けします。