【梅原トレーナーのからだづくり哲学】 部活動の地域移行を客観的にみる(前編)

スキルアップ 梅原 淳

日本の学校から部活動が消える問題について、まず中学校が目下の舞台となっています。

いつもこの類いの記事は「だ」「である」で書いていますが、今回はより読み手のあなたと近づいて日常に迫る話として書くべきだろうと考え、堅い表現を避けて話し口調を感じさせる「です」「ます」にしました。

さて冒頭の部活動について、皆さんもよくご承知のとおり、近く日本の学校から部活動というものが廃止されることになっています。

数年間の準備期間、議論の期間を経て、いまは実行へ移っている団体、チームも増えているようです。

いわゆる「学校による運営」が終わることにより、では今後は誰が何処がそれに取って代わるんだという引き継ぎの不安に苦悩する現場があります。

ただバスケットボールで言えば、その現場の当事者たちが隙間をこじ開け、工夫してそれをうまく解消しているケースも見られます。もちろん全国まんべんなくそのようにはいきませんが。

部活動が無くなるということは、社会にそれと似た活動の場ができる、それを創るということになります。そうしなければスポーツ活動はできなくなります。

それをどうやってこれから創設するのか、また維持継続をしていくのか、そこに多くの人が悩んでいるのです。

完全なる外クラブになる

この問題はまだまだ長く続くでしょうし、また議論もさらに深まって道筋を見つけていくだろうと思います。

その上で、いまの時点でも客観的な事実として言えることは、外クラブ(学校ではない場所で活動する団体のこと)として新たなスタートを切る以外に方法はない、ということです。

いまから国の方針が再転換し、現状の部活動と類似した形態で今後も続けられる、そのような期待はわずかにでも持ってはいけません。

うやむやな話になって結局はこれまでと大して変わらず・・・

世の中ではそういったことも多々ありますが、この部活動の廃止はきっちり外クラブに姿を変えるほかに存続する術はないと、覚悟を決める必要があるでしょう。

つまり、これまでの部活動の体験、印象と同じものを外クラブに求めることが困難になるだろうということです。

裏を返せば、きっと選手、とくに保護者はそれを求めてしまい、残像が引き金となって騒動も起こることが予測されます。

部活動は最高の行政サービス

学校の部活動は、ありのままに申し上げて良い面が多くありました。

教育現場の職員(教諭など)が監督者および管理者であり、それが公に自治体、行政と繋がっていて、さらにあまり費用も掛からず活動に参加することができました。

要するに無償で恩恵にあずかり、地方行政から国までという最強の保護下でスポーツ活動に取り組むことができたのです。

今後はそれがすべて一般社会の「民」へ譲渡されます。

学校から切り離されるので、生徒やその親として甘えていた面は通用しなくなります。

道理からすれば良いことではありますが、実際には困る人も出てくるだろうと思います。その覚悟もしなくてはいけません。

文科省の管理下にあった絶対安定の存在が、不安定で未知数の民間活動に大きく様変わりすることを、私たちはよく理解し受け止めて、踏ん張る努力が必要となります。

次回に続けます。

 

(つづく)

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